言葉

2008年10月01日 11:57

宗教。

たいていどの家庭でも、その家の信じている宗教ってありますよね。
日本だと仏教が一般的なようです。
ただ、私は、あまり特定の宗教と縁が無く育ったので、
どうもよく分かりません。

ずーっと昔から伝えられていて、今なお続いている教えですから、
歴史のあるいろんな宗教に興味はあるんですけどね。
関わる機会もそうそう無いですし、私にはサッパリ分かりません。


私は幼児時代は、お寺で遊んでもらっていた記憶があります。
お絵描きをしたり、何かの出し物の練習をしたり。
で、練習した事を、どこかの集会所のような所で
ご年配の方達に見てもらったりした覚えがあります。
お寺のお掃除をして、銀杏を焼いて食べさせてもらったり、
お寺の大きな太鼓の上に乗っかっていたら、怒られたり。
あのお寺で初めて、マウントに入ったリバーサルフィルムを見たんだっけ。

小学時代は、キリスト教の教会に毎週日曜日に通っていたなぁ。
きらびやかな感じは一切なく、質素な雰囲気が好きでした。
賛美歌を歌う時に、オルガンを弾かせてもらったりしたっけ。

でも、どちらも私にとっては
信仰心から通っていた訳ではなく、
皆で集まって遊ぶ場のひとつとして通っていました。


祖父が亡くなった時に、お寺にお世話になったんですが、
何宗とか、私にはサッパリ分かっていませんでした。
ごく最近、日蓮宗だと知りました。

今週、宗派が違うと、お互いに牽制し合っているという事を知ったのですが、
仏教は仏教なのに、元は同じなのに、何でいがみ合うのかなぁ。

釈迦の教えを、弟子達がちょっとずつ違う表現で広めただけなんじゃ…?
翻訳がちょっと違うとか、
表現をそれぞれの土地で分かりやすいように変えてみたとか、
その程度の差なんじゃないかなぁ。


一つの言葉を表現するのに、
言葉を使えば使う程、何故か元から遠く離れてしまう事が起こります。
それぞれの言葉が、全く違う物として独立して突き進んでしまう。
それが、対立を生んでいるように感じます。

となると、色んな言葉を使って理解しようとせずに、
元々の言葉、そのまんまで良いんじゃないかしら?
意味を知る手助けとしての翻訳は要るけれど
意味さえ理解出来たなら、元の言葉に還るのが良いんじゃないかなぁ。


今、我が家にあるお経に
『法音をめぐらすべし』
と書いてあった気がするし、
実は、音こそが重要なんじゃないかなぁ。


音は、波。

発声して喉や耳を通して、また体の細胞を振動させて頭に響く、
その音による振動こそが、大切だったのではないかしら。


迷ったら、元に還れ。
今は元々の言葉に興味津々です。
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